上京したての新卒サラリーマンが「ナンパ」をはじめてから、やらなくなるまで(後編)

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上京したての新卒サラリーマンが「ナンパ」をはじめてから、やらなくなるまで(中編)の続きです。

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■別れた彼女との再会

この時期はずっとナンパのことを考えていたように思う。凍てつくような寒さだろうが雨が降ろうが、僕は街で声を掛け続けた。でも正直そんな日々に疲れ果てていた。「この意味のない繰り返しはいつまで続くんだろうか」そう考えながら、ナンパに以前のような楽しみを見出せないでいる自分がいた。

そんなある日、高石宏輔さんの2011年を総括した文章の一節が目に留まった。

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皆、他人に自分の何かを埋めてもらいたがっていることを知ればいい。拒絶されるためにナンパをしているのではない。その他人の空っぽなところを満たせばいい。

詐欺的に、満たすふりをしたってナンパとしては成功するだろうし、本当に満たしてあげたいと思うのなら、きっとそれが恋愛になるだろう。

どんな風に自分のコミュニケーションを使ってもいい。それはその人の勝手だ。僕は責めるつもりはない。

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僕が本当に望んでいるコミュニケーションの向け先はどこなのか?渋谷を歩いている着飾った女性達なのか?その女性達は僕を満たしてくれるのか?僕はその女性達を満たしたいと思っているのか?そんな自問自答を繰り返した。もう答えはわかっていた。わかっていたけれど見ないフリをしていた。その文章を読んでいたら、メールで一方的に別れた彼女の顔が浮かんだ。僕が鬱病でベッドから起き上がれなくても好きでいてくれた彼女。今更戻ろうとは思わない。だけど最後にもう一度会って話す必要があると思った。

久しぶりに彼女に連絡を取った。僕と別れていたけれど東京に上京していて今は一人暮らしをしているという。その彼女の部屋で会うことになった。途中何度も帰りたくなる気持ちを抑えてあの子の家の最寄り駅に行った。駅であの子を待っている間、気が気じゃなかった。会った瞬間、後ろめたさでひどい顔をしていたと思う。

僕は1時間ほど会って、自分のことを話してすぐに帰るつもりだった。あの子の家に行った。すっかり東京に住み慣れたような、生活感のある部屋だった。僕に一方的に別れを告げられて、一人で引っ越ししてきた彼女の心境を考えるとすごくつらかった。そんなことを平気でした自分に吐き気がした。

まずは自分が思っていることを話した。「ここ最近まで仕事がきつくて余裕がなかったこと」「最後に会った時は全く楽しくなかったこと」「今は自分のことだけ考えていたいこと」そして「もう以前のような付き合っているような関係に戻る気がないこと」

僕の思いを一方的に全て話し終わって、あの子が言った。

「あなたは、いつも自分一人で決めるのね。あなたが別れたいと言った時、私が何も言わなかったのは”今言っても私の言葉は通じない”と思ったからよ。」

はっとした。僕がどれだけ自分の殻に閉じこもって、人に向き合うことから逃げていたか思い知らされた。久しぶりに会ったあの子は、僕を真っ直ぐに見ていた。

長らく会っていなかったけど、これだけ僕のことを見ていてくれたのか。いや、その真っ直ぐさには前から気付いていた。でもその瞳で見られる度に僕は苛立っていた。僕は人に見られることが怖かったんだ。しっかりと恋人と向き合うことが怖かったんだ。僕の弱い部分とか、ダメな部分を見透かされるんじゃないかって怖かったんだ。僕はずっと彼女の瞳に向き合うのが怖くて、逃げたくてナンパをしていたんだ。

勇気を出して「人が怖いんだよ」と言った。彼女は「そうなんだね」と頷くだけだった。穏やかな声と、優しさ溢れる目だった。彼女には弱みを見せたくなかった。僕のすべてを見透かしそうな瞳から逃げたくて逃げたくて、一方的に拒絶してしまった。そして「僕にはナンパしかない」というある種の気狂いのような勘違いをして、道行く女性に声をかけていた。

人が怖くなった理由を上げろと言われればキリがない。小さい頃から父親に怒鳴られてばかりで萎縮する癖がついた。中学時代はイジメられていてボクシング部のリア充にオモチャにされていた。人一倍自意識が強く、思春期である高校時代に話した女性といえば母親くらいしか思いつかない。そうやっていつしか他人の目が怖くなった。身長が他人より高くて頭一個分飛び出ていたから、人の目を避けるように自然と猫背になっていた。

そんな自分を認めることができないまま、大学生で自己啓発マニアになった。本屋に溢れるビジネス書は僕を救ってくれる気がした。

「たくさん本を読んだりセミナーを受ければ、僕もこんな優秀なビジネスマンになれるんだ!」そう信じていた。たくさんの人に会うために講演会などのイベントを主催しまくった。いろんな経営者にも会いに行った。Facebookの友達は千人近くになった。

そして僕は鬱病になった。自己啓発により理想が高くなり過ぎて、田舎で過ごす退屈な大学生活という現実に耐えられなくなった。僕自身は何も変わっていなかったんだ。「年収10倍アップ勉強法」を読んでも収入は変わらなかったし「ゆるく考えよう」を読んでも鬱病になった。

そんなだから僕は最初、ナンパに高尚な意味を求めていた。実は高石宏輔さんにナンパ講習にきた理由を話す時に

「僕はナンパには何かあると思ってるんです」

と言った。そしたらこう返ってきた。

「ナンパは、ただのナンパですよ。」

僕はナンパにまで自己啓発的なものを求めていた。道ゆく女性に声を掛ける行為を勝手にナンパと呼び、そこに意味付けをしようとした。その意味付けを高尚なものに自分で仕立て上げた。そうしてナンパにすがっていった。そんな高尚なものでもない。ただセックスするために声を掛ける行為だ。それ以上でも、それ以下でもない。自分がやりたいから、やるだけだ。

他人にとって僕の個人的な過去なんてどうでもいい。自分の過去を認めることができなくて、その過去を勝手にコンプレックスにしてしまうのは自分自身だ。僕は”人が怖い”と自分が思っていることを人に話すことができた。そして今はそんなこと関係なく好きでいてくれる人がいる。それだけでいいと思った。

この時は彼女にナンパのことは話せなかったけど、向き合ったらやっぱり一緒にいたいと思ってしまった。時間はかかるかもしれないけど、前向きに考えてみようと思った。

ナンパをやるのは大変なことだ。当たり前だけど、女性に声をかけても拒絶されることの方が多い。だから強烈なモチベーションが必要になる。それはコンプレックスでも、性欲でも、寂しさでも、誰かからの逃避でもいい。僕が彼女と別れてからナンパへのモチベーションが下がったのも”逃避する必要性”がなくなったからなのかも知れない。僕が狂ったようにナンパをするには逃避のエネルギーが必要だった。

■人にナンパを教えてみる

別れた彼女と再会してからというもの、僕はナンパをする理由がなくなっていた。そんな時に当時ナンパを教えていた”よぅしさん”と直接会ってお話する機会があった。(※現在は講習されてません)

彼とは一度、高石宏輔さんの講座でお会いしたことがあった。力強く知的な雰囲気があった。そのよぅしさんがナンパを教えられていることを知り、講習に申し込んだ。よぅしさんの目に見える事象から人の心理を洞察する力を学びたいと思った。

だが申し込んでから講習までの間に別れた彼女に会ってナンパをやらなくなっていた。だから直接会った時は彼に「お互いの人生を交換しましょう」と提案した。彼の聡明な語り口にすぐに夢中になった。ナンパに関わる理由やそのスタンスなども、それまでの人生を聞けば腑に落ちた。もちろん僕も負けないように自分の全てをぶつけた。ナンパ講習らしいことと言えば、最後に路上に出て街行く女性についてお互いの目から見えることについて話し合ったくらいだったと思う。そうして直接お会いする機会をもらって、僕は高石宏輔さんやよぅしさんの見ている景色が見てみたくなっていた。彼らのように”ナンパを人に教えてみたい”と思うまで、そう時間はかからなかった。

まずは無料でナンパを人に教えてみた。カフェで話したり実際に声掛けを見せてもらう中で僕の思うこと、ナンパへの向き合い方・考え方・試行錯誤の方法に着いてお話しさせてもらった。結局3時間の予定が5時間ほどあっという間に経ってしまった。上手くいったのかどうかは僕が判断することではないが、クライアントの協力もあって満足してもらえたように思う。

それからも僕がやっているTwitter経由でナンパ講習の申し込みを頂いた。数人教えさせてもらってから講習代を頂くようになった。そのTwitter経由で申し込みを頂く方々は、多くのナンパ師のアカウントをフォローして読み込んでいる人ばかりだった。みんな「ネグ」「即」「スペ高」など、ナンパ用語ばかり口にしていた。言葉にがんじがらめで身動きが取れていないように見えた。それより日常の中にある自然な”あなた”の言葉で、自分と目の前の女性を捉えて欲しかった。そのクライアントにナンパへの幻想を捨ててもらって、どうやったら女性に魅力的に映るかを真剣に考えた。仏教のお坊さんに教えてもらった”理想と現実の差をなくすこと”をやらせてもらっていると思った。

もっとたくさんの人にナンパを教えたかった。だから同じく人にナンパを教えていた”くろねこさん”Ustreamラジオ「渋谷でナンパを教える二人の雑談」をやった。くろねこさんとは歳も近かったせいか不思議と馬が合った。Ustreamは初めてのことで緊張感もあり楽しかった。でも終わって自分たちの話している内容を聞いてみると何か違和感があった。

僕らは”ナンパ師にしかわからない情報”を発信していた。完全に内輪ノリだった。これはお互いにとって意味がないと思った。二人で話し合ってアーカイブを消すことにした。それから僕らは文章を書くことにした。同じ場所に留まり続けることなく、広い世界に向けて発信できるように試行錯誤しよう、と。時間がかかったけれど僕はこうして文章を書いている。

■彼女にナンパのことを話す

別れていた彼女とは定期的に会うようになっていた。別れていた期間の溝を少しづつ埋めるように、お互いのことを話していった。でも僕は肝心のナンパに関することを言えないでいた。ナンパを教えたり、ナンパを通じでできた友人と会うような予定が入っていても詳細は彼女に言えなかった。僕がナンパに関して良いイメージを持っていなかったように彼女もきっとそうだろうと思った。そんな迷惑な行為をしていると知ったら僕をどう思うのか。そう思って話せなかった。だけど「人が怖いんだ」という僕を受け入れてくれた彼女だ。今回もしっかりと向き合うためには話す必要があることはわかっていた。「それで駄目になるようならそれまでの関係なのだろう」と思えるようになっていた。僕は意を決して話すことにした。

僕らは焼き肉屋にいた。カルビを網の上で焼きながら、ビールを飲んでいる彼女に言った。

「いきなりだけど、実は今日ナンパを人に教えてたんだ」

「うん」

「いやいやいや。。。ナンパだよ?何か思うことあるでしょ?」

「ちゃんと全部聞いてから答えるから、とりあえず話して」

あっけらかんと彼女は言った。僕の方が数倍驚いていた。そうしてこの1年間に自分が関わったナンパについて話をした。Twitterでナンパを知ったこと、ナンパを教えてもらったこと、毎日ナンパをしていたこと、今はやらなくなってナンパを教えていること。

すべてを聞いた彼女からの一言。

「付き合ってた時にナンパしてたのはすごく悲しいけど、それでも私のところに戻ってきてくれたってことだよね。逆に安心した。」

そう言って彼女はビールを流し込んだ。僕も生ビールを飲み干した。やっと彼女に人としてしっかり向き合えたような気がした。その夜は久しぶりに一緒に過ごした。本当に素敵な夜だった。僕らはほどなくして再び付き合うことになった。

■ナンパを通して人と向き合うこと

ナンパをやることになってから”日常的に色んな女性とセックスをする”という理想に向かって声を掛け続けた。でもそれは僕を満たすことはなかった。自分の足下を見ずに遠くの女性達ばかりを見ていた。

ナンパをやってみて色んなことを知った。知らない人と出会って数時間でセックスができること。それを誇る人間がいること。それを嫌う人間がいること。

街で綺麗な女性を見ては”声をかける”という選択肢が頭に浮かぶ事。それは消せないこと。声をかけてセックスできる時もあれば、できなくて落ち込むこともあること。ナンパでセックスしても性欲はなくならないこと。自分が女性への幻想を持っていたこと。人が怖いと思っていたこと。今ではそんな自分も悪くないと思えていること。

今夜も渋谷の街にはナンパをしている人たちがいるのだろう。僕は彼らを笑うことはできない。彼らは彼らなりの理由があってナンパをしている。寒い日も暑い日も、雨もクリスマスも関係ない。彼らは自分の為にナンパし続ける。

僕のようにナンパをやらなくなるのが正しいのかどうかはわからない。そう思いながらも路上に立つ一人の男に葛藤があったこと、それをブログに書きたいと思うようになった。ナンパをやめてから半年以上が経っていた。それでも吐き気がしながらこの文章を書いた。遠くにいた彼女を裏切りながらナンパをしていた自分に反吐が出たけど、過去の自分に向き合わないといけないと思った。

これからもナンパを教えさせてもらいながら、人と向き合うことについて考えていきたいと思っています。読んで下さってありがとうございました。